red-earth's blog

(2017.6.25)red-earth’s diary から移行しました。女性ヴォーカル好き、写真好き…

『東京奇譚集』◇

村上春樹の短編集東京奇譚集

どことなくほのかに不可思議な物語が綴られる。


一瞬の光のような、はかなげな瞬間を切り取った物語。
読んでいて「人」っていいなあ…と思える短編集だった。


5つの物語の中で「品川猿」は面白い。

自分の名前だけが時々思い出せなくなる主人公の女性。

病院で調べても原因が分からない。


不思議な力を持つカウンセラーと出会って
事態は好転するのだが…


なんと「名前をとる猿」だったのだ、その原因は!


引用***

「申し訳ありません」と猿が初めて口を開いた。張りのある低い声だった。
そこにはある種の音楽性を聴き取ることさえできた。


中略


「わたしは名前をとる猿なのです」と猿は言った。「それがわたしの病です。
名前がそこにあれば、とらずにはいられません。もちろん誰の名前でもいいというわけではありません。
わたしが心を惹かれる名前があります…」


中略


「本当に申し訳ありません」と猿は恥ずかしそうに頭を垂れた。
「心を惹かれる名前を目の前にすると、ついつい盗んでしまいたくなるのです…」

***引用終わり


猿が盗んだ名前は「大沢みずき」


それにしても「名前をとる猿」はその名前をとって、どうしようというのか。
コレクションのようなものだろうか。
その音の響きや字の持つ形の力に
どうしようもなく惹きつけられたのだろう…
名前を盗むことによって、善きものと同時に、そこにある悪いものをも
引き受けるということであるらしい。
全部込みでそっくり引き受けるのであるらしい。


品川猿」で名前をとられた女性は名前が返ってきたときに
自分の心の中にある見たくない部分と正面から向き合うことになる…
主人公は「名前をとる猿」によって一歩本当の自分に近づくのだった。



なんとも不思議で面白い物語だった。



イティハーサ』にも名前についての場面があって
名前の力について少し考えていたら、
気分転換の軽い読み物のつもりで読み始めた『東京奇譚集』にも
名前にまつわる話が入っていたのだ。
(面白いことだった)



イティハーサ』によると
〜〜〜〜〜

「名」には「神名」(カムナ)、「仮名」(カナ)、「真名」(マナ)がある。


「真名」は母がその腹の子に初めに与える名で、
生まれるまで、その名を秘かに呼び語りかけて過ごす。


そして生まれ落ちた時にもう一度、名をつける。
つまり「仮名」をつけなおし
その子はそれからはその名で皆に呼ばれるようになる。


名の響き(個人の持つ波長)は人の魂(たま)に刻まれ
その波長(ひびき)を知られるということは
他者の影響や支配を受けるはじまりになると言われている。


「真名」は邪な波長に惑わされ、ひきずられるのを防ぐ。


しかし
もはや「真名」を持つ者はいなくなりつつあり
目に見えない神々の教えは次第に忘れられている…


「神名」は読んで字の如く神によって授けられた特殊な音(おん)の響きを持つ「名」
目に見える神々はそれぞれに「神名」を持っている。
この「神名」を知れば、その神を支配することさえできると言われている…


そして個人だけではなく、この島国も
「この國は神名を持つ國」と言及されている。

この島国は「神名」を持っていて神々にさえ支配されることのない国…なのだと。


巫女に神来(しんらい)、霊的なひらめきが降りてつけられる名前がある。

物語の主人公、透祜も鷹野も神来でついた名前だ。

神来でつく名はその子の運命や未来を暗示する。
〜〜〜〜〜


遥か遠い昔、ことばが力を持った時代のこと。
イティハーサ』の「名前」の考え方は興味深い。


名前が人に与える影響は想像以上だろうと思う。
字と音、
形の力と響きの力。



名前は子ども自身が、その名前をつけさせるともいう。


ちなみに
私はよくある名前「N子」だが

曽祖父がつけたがった名前は「八重」「八重子」だったとか。


曽祖父は新島襄に心酔していたから
その奥様の名前「八重」を初ひ孫の私につけたがったのだそうだ。

もし「八重」「八重子」の響きを持った人生だったらと想像するのも楽しい♪


東京奇譚集 (新潮文庫)

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