『なずな』と『チヨ子』◇
読書三昧の時に読んだ中の2冊。
この2冊は、どちらも「誰かに、何かに、守られている」という本だった。
『なずな』は437ページの長編。『チヨ子』は短編集、タイトルの「チヨ子」はその中の1編で20ページほどの作品。
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『なずな』
「なずな」は赤ん坊の名前。
主人公のローカル新聞の記者、40代独身男性の姪。
弟夫婦がしばらく面倒を見られない状態に陥ってしまった。
弟はヨーロッパで交通事故、義妹は体調不良で入院。
生後二ヶ月の「なずな」の面倒を見ることが出来るのは
伯父の中年男しかいなかった…
物語は、慣れない子育てに奮闘、疲労、疲弊する主人公の毎日が淡々と綴られている。「なずな」を連れて歩くと、今まで接点のなかった人たちから話しかけられたりして、社会的な彼の立ち位置をはじめ生活そのものまで一変していく…
赤ん坊を預かってからの毎日が
「なずな」を大切に見守る彼の視点で語られる。
特別な出来事が起こるわけではない。
「なずな」を巡る小さな発見の積み重ねが延々と語られている。
どちらかというと静かで穏やかな物語で、ややもすると退屈に感じるかもしれないと思えるのに、赤ん坊の持つマジックなのか、400ページを超える長編が読み始めたら止められず、一気読みしてしまった。
「せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、これぞ春の七草」の「なずな」と名付けられた女の子。
弟と義妹の具合が良くなってきて
「なずな」と過ごした日々も終わりを告げようとしている。
******(抜粋)
…しばらくすると、羽虫のような、ぶうんという音が耳の近くで響く。虫が入り込んだのならすぐにも追い払わねばならない。なずなが刺されでもしたら大変だ。頭の隅でそう思いながら、急激に深まってくる眠りの前で身体が言うことを聞いてくれない。玄関のドアの下から冷えた空気が床を這うように流れ、頬の横を通り過ぎていく。その上から、なずなの身体でほのかにあたたかくなった空気が覆い被さって、私の顔を包む。私は守っているのではなく、守られているのだ、この子に。なずなに。
******
疲労困憊しつつも愛おしい日々が終わろうとしている。
彼は気づいたのだった、実は赤ん坊の「なずな」に守られていたのだと。
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『チヨ子』
「チヨ子」は主人公の女子大生が子どもの頃、大好きだったウサギのぬいぐるみの名前。この白ウサギのぬいぐるみと遊んだり、抱いて寝たり…
物語の主人公の女子大生はスーパーでピンク色のウサギの着ぐるみを着て風船を配るバイトをする。倉庫にしまわれたままで、灰色のカビがはえていて、くたびれた着ぐるみのウサギ。
不思議なことに彼女が、このウサギの着ぐるみを着て鏡をみると
そこには小さい頃に可愛がって大切にしていた白ウサギの「チヨ子」が居たのだった…
ピンクのウサギの着ぐるみを着た彼女が周りをみると、灰色のクマやガンダムやウルトラマンや…誰もが何かの着ぐるみを着ているように見える。
彼女は思う…お店の人たちが着ている着ぐるみは、その人にとっての「チヨ子」だろう。
ある中学生が万引きでつかまった。そのスーパーでは常習犯らしい。
母親が息子を引き取りに来る。
このふたりを見た彼女は驚く、彼らには着ぐるみも玩具も見えなかった。
彼らとすれ違いざま、彼女はふたりの背中に黒い蜘蛛のようなものがはりついて、もぞもぞ動いているのを見た。鉤爪の生えた痩せた手、彼女は何かとても、とても悪いものだという気がする。
*******(抜粋)
わたしは考えた。あの母子の背中にくっついていた、不気味な黒いもの。世の中に漂う、悪いもののことを。わたしたちは誰だって、それに憑かれる危険があるのだ。そして悪いことをしてしまう。万引きだって、そのひとつだ。
でも、ほとんどの人がそんな羽目にならないのは、身にまとっている着ぐるみや玩具たちに、守られているからじゃないのかな。
何かを大切にした思い出。
何かを大好きになった思い出。
人は、それに守られて生きるのだ。
*******
人は、何かに、誰かに、守られて生きている…
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