red-earth's blog

(2017.6.25)red-earth’s diary から移行しました。女性ヴォーカル好き、写真好き…

『終末のフール』◇

『終末のフール』伊坂幸太郎著。


伊坂幸太郎も好きな作家のひとり。
新刊が出ると、欠かさず買ってはいるが
すぐに読めないことが多く、そのうちに読もうと置いている。


先日、本を積んでいるところから
引っ張り出したのは『マリアビートル』(2010年9月刊)
グラスホッパー』の続編的な物語だ。


読み始めたけれど
どうも読むリズムが悪い。


でも伊坂幸太郎を読みたい気分なので
他の本を再読してみることにした。


彼のどの作品が一番とは決めがたいけれど
好きな作品のひとつが『終末のフール』2006年刊。


この物語の舞台は
台北部の丘を造成して作られた団地。
8年後に小惑星が落ちてきて地球は滅亡する、と発表された5年後。


絶望した人たちによる犯罪がはびこり、社会秩序が崩壊し、
混乱からようやく落ち着きを取り戻したように見える日々。


小康状態であるとはいうものの
あと3年で世界は終わる、という厳然たる現実の中で生きる人たちの物語。


タイトルの「終末のフール」をはじめ
「太陽のシール」「籠城のビール」「冬眠のガール」
「鋼鉄のウール」「天体のヨール」「演劇のオール」
「深海のポール」とリズミカルな表題の短編集。


ハードカバーの帯には
「世界が終わる前の、叫びとため息。8つの物語。」

「世界が終わりを告げる前の人間群像。
その瞬間をあなたは誰と迎えますか。」とある。



この8つの物語の連作集で描かれるのは
衝突の発表から5年、混乱も、とりあえず治まった時期で
パニックに陥って終末の日まで神経の持たなかった人などは
もう居ない頃で、登場人物の多くは運命を受け入れて淡々と生きている。
(一見、そのように見える…)


「籠城のビール」で
籠城した兄弟を逃がそうとする籠城された家族は
近所に住む親子に協力をしてもらうことにする。


その場面で印象的な言葉があった。
「こんなご時世、大事なのは
常識とか法律じゃなくて
いかに愉快に生きるかだ。」


*****(抜粋)

「その渡部という男は、どうして協力してくれる?」兄が訊ねた。
「渡部さんのお父さんが以前、言っていたんだ。こんなご時世、大事なのは」と杉田は答えた。
「常識とか法律じゃなくて」といったん言葉を切り、子供が悪戯を仕掛けるような顔つきになったかと思うと、
「いかに愉快に生きるかだ、と」と肩をすくめた。

*****


伊坂幸太郎の作品は
登場人物が語るセリフがとても魅力的で
躍動感があって
小説を読んでいるのだけれど
映画の場面を観ているように
その情景が見えてくる。


『終末のフール』収録の8つの物語、
そんな粋な会話、軽妙な会話に惹かれる。


いつか
伊坂幸太郎作品から
私にとっての名言集をまとめてみたいと思う。


『マリアビートル』の代わりに読んだ『終末のフール』は
何度目かの再読だったが、いつ読んでも心躍る本だ。



伊坂幸太郎の紡ぎだす独特の物語は
その多くは繋がっていて
ある登場人物が、別の作品に顔を出したり
続編的な話であったり、と作品同士がリンクしていて
そのあたりの面白さもあるのだが、


この『終末のフール』には
他の作品に登場する人物が出てこない。


収録されている8話が連作だから
この『終末のフール』の中だけで完結させたのだろうか。


伊坂幸太郎は「謝辞」で言う、
「八年も前に、衝突を宣言することは難しい。
小惑星より彗星のほうが可能性はあるかもしれない。
様々な、ご意見をいただきました。にもかかわらず、
この物語にでたらめが多いのは、フィクションは嘘が多くても、楽しい、と考える僕自身の考えによるものです。」


興味深い状況設定の物語だった。
私もフィクションは楽しいほうが好きだ。
事実とは異なっている設定でも面白そうな物語のほうが好きだ。


私も「冬眠のガール」の美智(みち)のように
毎日を読書に費やしてしまうだろうけれど
もっと愉快な生き方もあるかもしれないなと漠然と思った…



終末のフール

終末のフール