『ツクツク図書館』◇
『ツクツク図書館』 紺野キリフキ著。
その図書館があるのは筑津区(ツクツク)。
だからツクツク図書館。
所蔵しているのはつまらない本。
この図書館には
「つまらない本を読む」ことが仕事の「着ぶくれの女」が居る。
彼女を採用した館長や洋書ばかりを読む「語学屋」や
本を元の場所に戻す「戻し屋」が居る。
そして、つまらない本を図書館に納める専門の人が居る。
その人は「運び屋」と呼ばれる。
皆、風変わりで不思議な人たちばかりだから
誰を主人公にしても面白い話になるだろう。
着ぶくれの女は寒がりだから着膨れている。
つまらない本を読むのが仕事なのに、さぼってばかり。
館長は本の重さを量る。
読む前と読んだ後での本の重さを比べるのだ。
本というのは最後まで読み通すと少し重くなっているものらしい。
手垢がつくという人もいるし
読者の魂が加わったからという人もある。
私も、なんとなく思いあたる、
本の重さは、ただ単に本だけの重さではないと感じる時があるから。
読みながら思わず笑ってしまう描写があちこちに…
*****(抜粋)
運び屋には運び屋なりのプライドがある。自分は高い技術を持っているという自負がある。だからもし彼が仕事をやめるとしたら、それはその技術に自信が持てなくなったときだろう。
事実、先代はそうやって仕事をやめた。運び屋は先代がいなくなった頃のことを、今でもときどき思い出す。
(中略)
「おもしろいんですか、そんな本読んで」
「うん」
先代は、うん、と言った。顔をしかめながら「まいったな」と続ける。
「おもしろいんだ、この本」
彼はその本をツクツク図書館に納めなかった。
先代はそのころ自分の技術に自信を失っていたのかもしれない。
元々マニュアルにできるような種類の技術ではない。だからいったんリズムが狂うとその修正は難しい。
先代はつまらない本の匂いがよくわからなくなっていた。そして修正することはできなくても、自分の感覚が「狂っている」ということだけは自覚してしまうのだ。
*****
運び屋はつまらない本に鼻が利く。
*****(抜粋)
先代はいつもこう言った。
「鼻をきかせるんだ。つまらない本の匂いを感じるんだ」
本好きはよく「おもしろい本は手にとったときにわかる」と言う。
運び屋の技術はそれを逆方向にぐんと伸ばしたものだ。
彼らはわざわざ手にとることを必要としない。町を歩き、そしてふと感じる。
*****
私も面白い本は、なんとなく感じるほうで
本を買って失敗だったということは、ほとんどない。
もしかしたら、私にも、つまらない本がわかるかも知れない。
面白いと思わない本がつまらない本だとしたら
いつもと逆の選択をすれば、つまらない本がわかる、ということになるが…
でも、つまらない本が面白い本以外の本とは言い切れないかも、とふと思う。
つまらなくもなく、面白くもない本ってあるだろうか。あるかもしれない。
運び屋の技術はかなり高度なものらしい。
面白い本がわかるからと言っても、簡単に「つまらない本」の匂いがわかることにはならないだろう。
運び屋としての感覚が狂ったことで一線を退いた先代。
今の運び屋は、ひとつ心に決めていることがある。
「たとえ調子が悪くても、絶対に本は読まない」ということ。
彼は言う「運び屋の仕事は読むことじゃない。運ぶことだ。」
へんてこな登場人物たちの中で私は、どうも運び屋に惹かれる。
彼を主人公にした話が、すっかり頭の中に出来上がった。
運び屋、名前はない、ただの運び屋。
つまらない本を運ぶプロフェッショナル…
紺野キリフキの本は『はじめまして、本棚荘』もそうだが
この『ツクツク図書館』も
登場人物のかもしだす雰囲気は茫洋としていて
底知れぬ不思議さに満ちている。
そして紺野キリフキ氏の書く文章には美しさがある。
妙な図書館で働く妙な人たちの妙な日常。
運び屋だけではなくて、着ぶくれの女や戻し屋や館長の
その後の物語も私の頭の中では進行するだろう…
- 作者: 紺野キリフキ
- 出版社/メーカー: メディアファクトリー
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