トラブル波動
以前、ジュネさんの解読で「その人はトラブル波動だから、近づかないほうがいいわね」と言われたことがあった。
トラブル波動を持つ人がいるらしいのだ。
係わらないほうがいいらしいのだ。
その人とはジュネさんに解読してもらった頃、会うことがあっただけで
以降、接点がないので係わる係わらないの判断をするまでもなく
会わないようになったが、確かに会っていて疲れる人ではあった。
ジュネさんから聞いた「トラブル波動の人」という言葉を
時々、思い出すことがある。
この人は、いったい?!と感じる人に出会った時に思い出すのだ。
一括りでどんな人かなど言えるはずはないが
その人の持つ傾向を見ることはできる。
実際に会ったこともなく名前も知らないネットだけの繋がりの人でも
その人の振る舞いをみて「トラブル波動」の言葉が浮かんでくる人がいる。
ネットで使う名前はハンドル(ネーム)と言うが、同一人物が複数の名前を使い分けることはある。(私も、red-earth以外のハンドルはある)
ただ同じWebサイト、ブログ、チャット、掲示板などで同一人物が複数の名前を使うことは、自作自演のような、なにかの意図があると思われても仕方ない。(そのブログの記事に登場する人だった場合、書かれている名前でコメントをすることはある。この場合は複数のハンドルを使うとは言わない)
例えば、あるブログにコメントを残す場合、そのブログの内容を非難したり批判する際に複数の名前を使うことが考えられる。
さも多くの人が同じ考えですよ、と言いたいがために複数の名前を使うのだ。
ところが、そういう意図が全く感じられないのに
複数の名前を使ってコメントを書く人がいるのだ。
私のブログにコメントを書いてくれた人の場合、
そのコメントには、とても好意的な文章が綴られている。
何故、複数の人を騙る必要があるのだろうか…
とても不思議な行動なので、なんのためなのか訊いてみた。
すると、かつて違うブログで同じ名前で無防備にコメントを入れていたら
他のリアルな場所で誹謗中傷をされる哀しい経験があったからだと言う。
無防備が「コメントを入れる」なのか「違うブログで」なのか
「同じ名前で」なのか、どこを指すのか分からないが、
同じ名前でコメントを入れるのは無防備でもなんでもなくて通常のことで、もし本名を名乗っていたというなら無防備ですけど…と私はコメント欄の返信で答えた。
「要するに誹謗中傷が怖くての行動ということですね。それは逆に誠実ではない印象が残って、その行動を批判する人も出てくるでしょうね」とも書いた。
その振る舞いは、逆に誠実ではない人という印象を与えるだけだ。
そして、その人が怖がっている「誹謗中傷をされること」を自ら招くだろう。
行動に整合性がないのだ。仮に私のブログの内容を批判するコメントだったとしたら、整合性が認められるが…
どんなに名前を使い分けても
その文面から醸し出される空気は分かるものだ。
どうも同一人物のようだ、いったい何故なのだろう?
不思議な振る舞いだが、なんのためだろう?と感じ始めた頃、
いろいろな人がいるのは当たり前のこと、そんなに驚くことでもないけれど、
これはジュネさんの言っていた「トラブル波動」かもしれないと
久しぶりに「トラブル波動」という言葉を思い出した。
このことは私自身も自らの振る舞いを省みたほうがいいと示唆している気がする、どの場面においても意識的であるかどうか、無意識無自覚で、ぼんやり行動していることはないかどうか。